バブルの絶頂期、昭和が平成に変わる頃のことだった。大手都銀の子会社の住宅ローン信用保証会社は親銀行に、不動産鑑定調査価格の七〇〜八〇%以内で融資の信用保証をしていた。だが、三友システムの取引のあった銀行では、支店で受け付けた住宅ローン申込額の保証をこの信用保証会社に依頼すると、かなりの件数が否認されていた。理由は、わが社が提出していた不動産調査書だった。わが社が評価した渋い評価額では、ローン申込額に見合う保証をつけることができなかったのだ。一方、この銀行は、やはり系列信販会社にも信用保証をさせていた。同じ住宅ローン申込額でも、この信販会社に持ってゆくと、何の造作もなく保証されていた。同じ不動産物件のローンで、ある会社は信用保証ができ、別の会社ではできない。それもかなりの件数で同じことが起こっていた。銀行としては、信用保証がつかなければ融資ができず、お客を逃してしまう。支店営業を担当する銀行の常務は、「直系の信用保証会社が親銀行が貸そうとしている住宅ローンの保証ができないのはけしからん」と判断した。そして、その原因は厳しすぎる不動産価格査定をする三友システムにあると結論づけた。そこでこの常務は、信用保証会社の社長を呼び、三友システムとの取引をやめ、高く評価する信販会社と同じ不動産調査会社にすべきだと申し入れた。あろうことか、この申し入れと信用保証会社の社長交代が重なってしまった。私は驚いてしまった。信用保証会社との取引がなくなれば、わが社の存続にも影響が出てしまう。かといって鑑定調査額を信用保証会社のお好みどおり、実態より高く出すと、将来、信用保証会社が困ったことになるのは目に見えていた。
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